大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和34年(う)199号 判決

被告人 高野清一 外三名

主文

原判決を破棄する。

被告人らは全部無罪。

理由

所論はいずれも原判決の事実誤認を主張するものであるが、一件記録を精査し、原審及び当審で取調べた証拠を検討するに、次のような事実が認められる。

先ず本件鉄屑等の払下方法について、原審第三回公判調書中の証人佐藤茂雄(記録三〇四丁以下)、同第五回公判調書中の証人寺井章(同三九三丁以下)、同第九回公判調書中の証人島谷正治(同四九九丁以下)、同第一五回公判調書中の証人中川存之(同八一三丁以下)、同第一七回公判調書中の証人佐藤茂雄(同八七〇丁以下)の各供述記載部分、当審における証人寺井章、同島谷正治に対する各証人尋問調書、証人中川存之同島谷正治の当公廷における各供述並びに領置にかかる持出証(当裁判所領置番号昭和三四年八〇号の一)、売却通知書(同号の三)、見積比較表(同号の四)各一通、見積書五通(同号の五)、持出証控二通(同号の六)等を綜合すると、本件当時、原判示の東邦レーヨン株式会社徳島工場においては、廃材を同工場内の利材置場に集積し、これを同工場施設係において管理し、その集積量が売却を必要とする程度に達すると、施設係から同工場用度係に対し売却数量を記載した売却依頼書により売却を依頼し、この依頼により用度係において売却すべき屑鉄業者を指定し、指定された業者は定められた日時に現場において集積されている廃材を実地に見た上各廃材の種別に応じて単価及び数量を見積つて入札し、その最高価入札者に対して売却することになる。このようにして落札した業者は、その見積りにかかる単価数量により算出される代金額を支払つた上廃材の引渡しを受けることになるが、右見積りにかかる数量は、大体の目見当であるので、現実に引渡しを行う際にその重量を実際に計量し、その計量にかかる重量を売買数量と確定し、これと前記見積数量との間に差異があるときは、右計量にかかる数量と入札の単価とにより算出した金額を売買代金と確定し、前記見積数量により支払われた代金を清算する。右の計量は同工場倉庫係員がこれに当り、計量した重量を持出証に記載し、この持出証に記載された重量が現実に引渡された重量であり、これを基礎にして代金が清算されることになる。ところで、業者が見積りのために現物を見る場合には、施設係員から売却の対象となる廃材の状況、その範囲等について説明を受けるが、見積時と引渡時との間に若干の期間があるので、その間に更に余分の廃材が集積されることもあり、又、計量して引渡す時には施設係員が立会つて売却の対象となつた廃材中に再使用が可能な資材が混入していた場合にはこれを取除くので、このようなことからも、見積数量と現実に引渡される数量とは必ずしも一致しないことになる。しかも、引渡時においては、業者が拒絶しない限りは、見積時の数量に拘泥することなく、前記利材置場に集積されてある同種廃材の全部が引渡され、更に引渡しを行つている途中に新に廃材が運び込まれたときでも、そのものは同様に引渡されるのが通例であつた。本件被告人東に対する廃材の売却も右と同様の方法によつて行われたものであることが認められる。

そうして、前掲各証拠その他原判決挙示の各証拠によると、被告人東は昭和三一年八月上旬頃前記工場から鉄屑、パイプ屑等を前認定の方法で払下げを受けることとなつた鉄屑売買業者であり、その余の被告人らはいずれも当時原判示の通りの同工場職員であつたが、被告人ら四名は共謀の上、原判示日時頃原判示徳島工場利材置場において、被告人東に対して引渡すべき廃材の計量に当り、その計量を正確にせず、現実に引渡した数量は、屑鉄、パイプ屑等を合して約四二トンであつたのにかかわらず、被告人高野においてほしいままに持出証の一通に鉄屑一四、七九七キログラム、パイプ屑九、五〇九キログラム他の一通に鉄屑二、八五〇キログラムと記入し、被告人東に引渡した廃材の数量を実際に引渡した数量よりも少い数量であつたように仮装しようとしたが、原判示高島恒雄らにその不正事実を発見されたものであることを認めることができる。

右認定事実の通りであると、本件においては、被告人東に対し売却引渡すべき廃材の数量については、一応の見積数量が示されていたのみであつて、被告人高野らが計量する当初からその数量が確定していたものではなく、被告人東に対し或る一定の数量又は範囲以上のものを引渡してはならないという性質のものでもない。従つて、被告人高野、同笹山、同多田らが、定められた売買の数量若しくはその範囲以上の廃材を不正に被告人東に引渡したと断ずることはできないと考えられる。勿論、全証拠によるも、上記三名の被告人らが被告人東に対する売却の対象とすべきでない廃材(例えば他の業者に売渡すべきもの、又は被告人東が落札していない種類の廃材、或は同工場が本件当時未だ売却する意図のなかつたもの)を被告人東をして持去らしめようとした事実或は右被告人らにおいて、被告人東に引渡すべきでない廃材であることを認識しながら同被告人に引渡したというような事実を認めることはできない。もつとも、本件廃材売買につき被告人東が落札した鉄屑、パイプ屑、丸鉄の見積重量が二六トン(この点は、前記見積比較表、見積書等の証拠により認められる。)であつたのに比べ、現実に引渡された数量が前記の通り四二トン位であり、その差が著しいけれども、これは前認定の通り、見積による数量と現実に引渡す数量とは必ずしも一致しないものであり、殊に、本件当時、同工場の整理整頓日があり、引渡時においては見積時より廃材の量が相当増加していたことが当審における証人島谷正治、同佐藤茂雄に対する各証人尋問調書により認められるような点からして、必ずしも不自然なものとすることはできないし、まして、前認定のような売却方法による本件廃材の売買において、見積数量と引渡数量の差が大きいことから、直ちにその差額分につきこれを不正に持出したものと断ずるものは早計というべきである。

以上のような諸点を考え合せると、本件は結局のところ、被告人東が前認定の売買契約により前記工場から買受ける約束をした範囲の廃材の引渡しを受けたものであり、従つてその占有或は所持の移転そのものは何ら違法なものではない。たゞ、その引渡時における計量に不正があつたにすぎないものであり、同工場としても現実に引渡した廃材が正確に計量され、その実数量に相当する代金の支払を受けられるならば、何らの不都合もなかつたわけである(この点は、関係証拠により認められる如く、本件廃材は被告人らの不正計量が発覚後間もなく全部他の屑鉄業者松原道賢に売却されたことからも明らかである。)。このような本件の事実関係からすると、被告人東が本件廃材の引渡しを受けたこと自体は、その全数量について何ら違法な点はないものというべきである。もつとも、被告人高野、同笹山、同多田らが被告人東に引渡された廃材は約四二トンであるのに二七トン余であるように装い、被告人東をして右差額に相当する代金の支払を免れしめ、同工場をして右差額代金相当額の損害を蒙らしめようとしたとの疑は多分にあり、このような所為はあるいは詐欺又は背任の罪を構成することがあるかもしれないけれども、右のような事実関係にある本件において、被告人らの所為を共謀による窃盗若しくは窃盗未遂の所為と断ずることは適当でない。

その他、原審及び当審で取調べた全証拠を検討しても、本件起訴にかかる被告人らの共謀による窃盗の事実は勿論、原判決が認定したような窃盗未遂の事実も認めることはできない。そうすると、被告人らが共謀による窃盗未遂の所為をなしたものと認定した原判決には、判決に影響を及ぼすべき重大な事実誤認があるものというべく、従つて、控訴趣意書に記載された各論旨に指摘するような諸点について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れないものである。

よつて、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に則り直ちに更に判決する。

本件公訴事実の要旨は、被告人らは共謀の上、昭和三一年八月一三日より同月一五日迄の間接続して徳島県板野郡北島町高房東邦レーヨン株式会社徳島工場利材置場において同工場施設係長管理にかかる鉄屑約一八トン(時価約七〇万円相当)を窃取したものであるというにあるが、前記の通り、犯罪の証明がないから、刑事訴訟法第三三六条に従い、被告人ら全部に対し無罪を言渡すべきものである。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 加藤謙二 小川豪 石井玄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例